カテゴリー別アーカイブ: 日記

143,このブログの目的

このブログについて考えると毎日起きるさまざまな事を自分なりに気付いたことを書くことにより自分の考え方を整理してきたように思います。最近少し書いていなかったのはある程度回数を重ねて、自分なりに考え方が整理できて来たことでまとめのように書いています。前に250回位書いたものを削除して今回は少し前より丁寧に書いたつもりでしたが文才が乏しいので読まれた方には申し訳なく思います。これからはもっと回数は減るかと思いますのでご留意ください。今、書き始めて思ったことはこれを書いてもどれだけお役に立てているのかなということです。私は神様の実在を確信し、そのことをここで書いてきましたが世の中はますます悪くなっています。人々の心に道徳心が無ければ人々の多くは欲望に向かいます。マスコミは毎日これでもか、これでもかと欲望を刺激する報道を流します。人の欲望を満たすことが善(人の幸せ)と思っています。実際に人々は欲しいものを手に入れて喜んでいますがそのほとんどは五感で感じた刹那の喜びです。恋愛のようにハートに感じるものもあるでしょうが現実には結婚していても家庭内離婚が多く、実際に離婚した夫婦も多いのです。現在のようにお金中心の価値観では「金の切れ目が縁の切れ目」となっています。私もその一人です。お金が原因の争いは規模の大小関係なく起きています。スマホ犯罪も多いではないですか。しかし、こんなこと誰も知っていますが誰も改善できません。人はせめて一人一人が道徳心を身につけてゆく努力をしないと人生を無駄にして終わることになるでしょう.他人は変えられません。せめて自分を変えて人生を素晴らしいものにして終わりたいと思います。自分が変われば周りに良い影響を与えられますし、善い人とつながります。最近目が悪くなって間違っているかもしれません。お許しください。いつか神様が許してくださって目を良くして下さることを願って人格の改善をさせて頂きます。

142,道徳心が平和になる。

道徳心が身に付いた人が集まると平和な社会ができます。私たちは先生から道徳を学んでいます。道徳は文字を読めばすぐに解る常識なことが書かれていますので皆さんはすぐに解ったつもりになるのです。日本には「当たり前のことが当たり前に出来たら人生の達人」と言われていました。先生の御教えは本当に文字を読めば誰にも解るのですがそれがどのような状況の時にも同じように言動で出来ているかと問われると多くの方は自信が無くなるでしょう。道徳を学んでいる私たちも先生が傍におられると純粋な心でおれますが先生がいなくなると自分の我の心が出るのです。それは人はみんな「自分は正しい」と思っているからです。本当に正しければ人はその人の周りに集まってくると教えて頂いています。先生はインドにおられた「神の化身」から人類や社会に貢献する人を育てなさいという「使命」を頂かれたそうです。その時に一緒にいた仲間も数人聞いていますがそれから約30年全て自費で全国を回ってご指導されています。人は仏教で言われている「内観」自分の心を客観的に見て心の現状を知ることで改善するのですが人は自分は正しいと思っているので変わることの難しさを思います。先生は大変な使命をいただいたのですがそれでも仲間の成長のために最善を尽くされています。この姿勢
が私は「愛」だと思います。先生は決して諦めないでご指腸が導されています。平和な心を一人一人に植え付けられています。本当の平和を願ってコツコツと、、、私は平和は必ず実現すると信じています。時間はかかります。「神の化身」も数百年後と仰られています。私達はその基礎作りなのです。人間性の成長が平和をもたらすのです。

141、道徳は個人の心の法律

私達の子供の頃は道徳は当たり前のように教えられ、社会も堂徳の下に成り立っていました。ですから悪いことをする人は少なく犯罪は滅多にありませんでした。戦後すぐの日本は経済的にも物質的にも貧しかったのですが悪いことをする人はほとんどいませんでした。現在は当時に比べると経済的にも物質的にもとても豊かなのですが人々の心には欲望が増え、ゆとりがなく、夢を持てない子供が増えています。そして、善悪の分からない若い人が増えて犯罪が増えています。私たちの時代には道徳心があったので悪いことをしなかったのです。それは家庭の中で親や兄弟から学び周りの人、学校にも道徳教育があって道徳心があったので犯罪は珍しい事だったのです。今は毎日のように犯罪が報道されています。しかも私たちの時代には考えられないひどい犯罪が恐ろしいほど増えているのです。新しい犯罪も次々と増え、法律もつくられますが犯罪は増える一方です。一人一人が道徳心をしっかりと身につけなければ世の中には犯罪は増えるだけでしょう。經濟競争ばかりする社会や国の在り方を根本的に見直さないといけないでしょう。私はキリスト教徒ではないのですが聖書にアダムとイブが禁断の実を食べて罪を犯したと聞いて「なぜ?」と思いましたがこの意味が人間の際限のない欲望を目覚めさせたのだと思うようになりました。人間の欲望はいろいろありますが食欲が生きるためにはもっとも必要なので一番強いのだそうです。制限のない欲望が犯罪を起こすのです。人間だけに与えられた無制限な欲望です。それが苦しみを生むのです。マスコミはグルメで欲望を煽っているのです。あらゆることには根本的な意味がありますのでそれを追求するとあふ新しいことが見えてきます。

140,緑内障の改善

緑内障は難しい症状と聞いているので改善できると思っていませんでしたが目の血流を改善する施術をすると初めは施術後目の中に黒いものが飛ぶと言っていました。その黒いものが何かは解りませんが続けるうちに出なくなり、数値も下がってきて手術すると言っていた眼科の先生が手術を伸ばそうと言われるようになり、先日来られた時には緑内障は良くなったと言われました。この方の目は以前、ヘルペスに罹ったことがあり、その後遺症が良く起きていたそうですが私がそのことを聞いて施術してからは後遺症は出ていません。この方は糖尿病のために長く病院で治療を受けているのでほとんどの人が持っている病院への強い信頼があるのです。病院はいろいろな科に専門があるので私のように体の全てを施術することが考えられないのです。ですから目についてはなかなか言われなかったのです。そして、良くなっても私に眼科の先生に言われたことを教えてくれます。これが今の世の中を象徴しています。知識で全てが解ると思っています。世の中は知識で溢れています。スマホは何でも教えてくれますが読んで身に付くのでしょうか?世の中は良くなったのでしょうか?健康情報もどれだけあるか分かりません。人は健康になっているのでしょうか?私には今の医療情報を聞いても何も得るものは無いのです。人の命その根本が解らない医療情報は私にとって無意味なのです。チャットも興味ありません。機械は進歩しても人の心は反対に貧しくなっているように思います。

139,フランス料理を食べて思う。

先日、フランス料理を頂きました。一流ホテルの料理長をされていた方ですから肉を食べない私に野菜中心に作ってぃただいた料理はとても美味しく頂きました。料理を頂きながらその料理に使われている野菜の一つ一つが小さいのですがそれぞれの処理が大切にされているのを見て、さすがだなーと思いました。料理を食べながら使われている素材を見ると多くの種類の野菜や海のものが使われているのを見て一つの料理にこれだけの材料使って作り全体の調和をとるのがフランス料理なのだと思いながら日本料理について考えました。私が思った日本料理の在り方は一つの材料を野菜の葉から根まで全てを使い、野菜の特徴を活かして何種類もの料理を作り出すという材料の持っている可能性を追求するところに日本人の思想があるように思いました。「豆腐百品」という言葉があったと思います・豆腐一つから百種の料理を作るのです。このような姿勢は他の材料についても同じだと思います。この日本人の考え方は「道」の文化に通じるものだと思います。。そして、日本には職人技があらゆる職業の中に育ちます。人間の持つ感性を磨くことをしているのです。それは自分自身を向上するためです。そうして技とともに人格も磨かれてゆきます。ここには他との競争は無いのです。あくまで自分との戦いで損得も関係ないのです。このような方々には共通して人格が優れた方になられ道徳心も備わっていますので法律も不要な人間になられるのです。日本の戦前にはこのような人が多くいたので昔の日本に来られた外国の方々が残した日本についての印象は素晴らしさを書いているのです。日本人には道徳心があったのですから西洋から伝えられた民主的な思想はほとんどもっていたのです 。近代化した今の日本には子のような伝統が失われているように思います。個人個人の人間性が良くなれば犯罪をしなくなり、自然と平和な社会になるでしょう。人を大切にするでしょう。昔の日本には親から「天知る、地知る、我知る,師知る」という言葉があって自分のことは全てが見られているから悪いことはしないように教えられていたのです。ですから昔の殆どの人は善悪正邪の分別が身についていたのです。そして日本には「ぼろは着てても心は錦とか金に心を売るな」と言って善の心を大切にしたのです。現在は悲しいことにお金目的の犯罪が増えてしまいました。個人主義は個人の幸せを優先するためにさまざまな言葉を使って社会や国を正そうとするのだろうと思います。しかし、人の心は環境に左右されるために幸せは長く続きません。法律は大切ですが犯罪をしない人間作りが大切です。根本は家庭にあります。

138,熱中症について

地球の温暖化で暑くなると毎日のように熱中症の注意が出ます。実際、患者も出ています。お医者様から熱中症について話されるのを聞いて私が大切と思うことが欠けていると思うことがあるので書かせていただきます。人の体温は36度前後に保たれています。この熱は内臓の化学反応で作られると思うのですが最近の人は少し低温の方が増えていると聞きます。おそらく食生活の問題だと思います。食生活が悪いと消化器官の働きが悪くなり施術するために触れると内臓が硬くなっているのが解ります。それと最近は個人主義の方が増えて人間関係が難しくなってストレスの多い社会の中で内臓の働きが弱る方も多くなりました。このように現在は食生活の問題とストレスが原因で内臓が弱り、そのために筋肉にもさまざまな症状が出ています。そして、その内臓と筋肉の硬結が血液やリンパの流れを妨げて体温の調節が難しくしています。施術して内臓や筋肉が柔らかくなると患者さんは身体が温かくなったと言われます。筋肉の硬さは分りやすいのですが内臓の硬さについては気付いていない方がほとんどでしょう。この硬くなっている部位は血流やリンパの流れが悪いために流れが遅くなって外気の影響を受けやすくなると私は考えています。特に血流の改善は患者さんには分かりやすく「暖かいものがスーと流れた。」と言われます。体温はこうして調整されていますので血流の良い人は血液は一定の温度で流れるために暑い時には血液が内部から冷やす働きをします。ですから熱中症にも血流の良い方はかかりにくいと考えています。ただ内臓の硬結は自覚がないために分かりにくく、触診をしない現在の医療では判らないでしょう。しかし、私の経験では体の一部には異状が出ていますのでそれが解れば内臓の硬結はすぐに判ります。血液検査で異常なしと言われた方にもたくさんの方にあるのを施術で経験しました。こうした体の硬結は血流を妨げるので高血圧の原因になるのは誰にも理解できるでしょう。血圧は下がるのが当たり前と思っています。

137,人間の想像力と創造力

人間には想像力と創造力があり、それが今日の世界を築いてきました。この力は人間だけが持っています。進化論を信じる方には異論を持つ方もおられるでしょう。人の想像力は五感に感じるとすぐに心が働き、欲望も起きます。そして創造力を働かせて現在の文明ができたと思います。物質文明の進化はあまりに速く私にはついて行けませんし、ついて行く気もありません。PCとスマホも使いますので否定はしませんが通話がほとんどです。これらの進歩は人間に珍しさと便利さの喜びを与えてきましたが人間には満たされるとすぐに新しい欲望が出ます。人間の長い歴史の中で見方によっては同じ繰り返しをしているのです。人間だけに与えられた成長のチャンスは人間の生まれた目的を知らないと人生には限りがあり人生の目的を果たせず終わることになります。一度足を止めて生き方を考えることが必要でしょう。

137,人生の素晴らしさに気付くこと。

このブログを書きながら世の中の人を観察して思うのがほとんどの人が自分の意志を持たずに世の中に流されて生きているように思います。次々と起きる現象に対し、多くの人はマスコミから報道される著名人の話を自分の考えのように話します。どこに行っても誰の話を聞いても同じですから安心しておられるのでしょう。そして、ほとんどの話の内容は結果が出たことについて話されるのです。それらはその時には熱心に語られますが時間の経過によって忘れられ、新たな出来事が起きるとまた同じように騒ぎ忘れられてゆきます。客観的に過去を見ると人間はさまざまな出来事を起こしながら現在に至り、文明が発展した現在は人間が自らを滅ぼすまでの力を得ているのです。科学では解らない地球人類がどのような存在であるのかという最も大切なことを知ろうとしない姿勢が問題だと思うのです。宇宙開発に多大なお金を使っていますが無駄なことです。命のことはいくら物質を調べても解らないでしょう。原子の存在は見つけても陽子の周りを電子が回っているという現象、生命が誕生した最初の単細胞になぜ精密な遺伝子があるのかなどの根本的なものは物質をいくら調べても解らないでしょう。科学では解明できない世界が存在するのです。さまざまな発明発見をして来た科学ですが最も大切な命については解らないのです。そして、人間が何のために生きているかが解らないから物質の研究を続けるのでしょう。物質は宇宙に満ち満ちていますどこまで続けるつもりでしょう。私は神様から人間の生まれた目的と人間にはその目的に到達する可能性について教えて頂きました。そして私の先生は自ら到達された成果を身を持ってお示しされています。そのお話やなされる行為を拝見すると世の中のあらゆる地位名誉、権力や財産など何の魅力も無くなります。全てが小さなことと思うようになるのです。一人一人の人間にはそのような可能性があり、人間がいかに素晴らしい存在であるかを知ることが出来るのです。

136,人間について考える。

人間は生きているだけで人権があるというのが今の世界の常識のように思いますが私の考えは違います。人間は教育によってさまざまな性質の人間に育つのです。極端な例としてこのブログにも書いていますがオオカミに育てられた少年がオオカミの性質になっていたのです。姿は人間でも性質がオオカミに育ったのです。日本や近代化が進んだ世界には現在、子供たちの中で「いじめ」が増えているようです。それは大人の世界にもあり、子供はそういう大人を見て育っていますから当然の現象でしょう。学校では民主教育で自由、平等、権利の教えを学びますがほとんどの人は自分のためにこの言葉や思想を使うのです。この言葉や
思想を使って自己主張をするために争いが起きるのではないのでしょうか?現在の世界には犯罪が次々に出てきています。そのために法律もつくられます。近代社会は法律だらけです。そして、その法律に縛られて人間は自由を失っているのではないですか?人間の生き方を考え直さないといけないでしょう。人権というのは社会や人から認められる方が人権を認められるものだと私は思います。そのために人はそのような人間になる努力が必要だと思うのです。生きているだけで人間は権利があるという現在の考え方は現実社会の中で多くの問題を起こす原因になっていると思います。多くの知識人と言われる方々はこのことを率先して言っていますが矛盾を感じないのかと思います。頭で考えた理論では現実は動かないと思います。

135,自然は神様の恵み

私は山の緑,空や海の青と広さを眺めると心が癒されます。花々の美しさ優しさ、様々な味や香りの野菜や果物、爽やかな風、そして、人を生きるために空気や水、さらにいろいろな虫や動物など多くの知恵を与えてくれています。神様の実在を信じれるようになるとこの世界が全て人間が生きてゆくために用意されていることをあらゆる面で気付けるようになります。この世界は人間が生きてゆくために必要なものが全て備えられています。生物の一つ一つを調べると植物も動物もそれぞれが生きてゆく仕組みを完全に備えています、これが偶然に出来ることなどありえないでしょう。物質も最小単位の原子も生きて動いています。そしてその原資が集まると全ての原子は美しい結晶体を創るのです。私は宇宙は神様が創られたと信じていますが科学者の中にはビッグバンの前には素粒子があったという方がおられるそうですがその素粒子がなぜ存在しているのかは説明できるのでしょうか?私にはその考え方は信じられません。神様の御教えはシンプルで完全なのでとても解りやすいのです。人間の考える理論は難しいのです。それは人間の思考はその人が知識で得たことやその人が体験した範囲でしか考えられないからです。人間には顕在意識と潜在意識があると 言われているのですが人の考えは顕在意識によるものです。それは意識の中では5%と言われています。潜在意識は95%です。このことから考えても人知がいかに心もとない物かが解りますが人は誰もが自分は正しいと思うから難しいのです。20世紀の西洋哲学の難しさが良い例でしょう。物質文明の最高成果が大都会のビル群といえるものはその一つでしょう。交通も含めて、私はそこでは癒されません。さらに言えば都会だけでは人は生きて行けません。食べ物は田舎で作られるのです。ビル群の中には自然から得られる優しさは感じられません。人の心が冷たくなるように思います。